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百万塔の『試作品』です
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永代供養墓をご検討中の寺院関係者の皆様へ
奈良時代、孝謙太上天皇は恵美押勝の乱(764年)において、多くの犠牲者が
出た事を悔い、高さ4寸5分底辺の直径3寸5分の木製三重の小塔を100万基作り、
その中に世界最古の印刷物として尊ばれる陀羅尼経を納め、十大寺
(大安寺、元興寺、弘福寺、薬師寺、四天王寺、興福寺、法隆寺、崇福寺、
東大寺、西大寺)に10万基づつ分置して(770年)、その塔を祀らせ、犠牲者の
霊を弔ったと伝えられています。
時の流れと共に、その大多数が失われ現在では法隆寺様の約4万基が
残されているのみと伺います。
奈良時代、100万基の小塔は木工轆轤(ろくろ)の工人約260名が6年間に亘り
作成したと言われております。
現存する“木地師”と呼ばれる木工轆轤職人は、この千数百年の伝統ある技術を
現代にまで承継しているのであります。
また、その技術は日本の工業技術のルーツとしても価値あるものと考えます。
伝統ある木工轆轤の技術を保持永続する為の拠り所として百万塔の復興と
言う事を考えております。
近年、核家族、少子化の趨勢に加えて、墓地の用地不足などの社会情勢に
対応する為、様々な形の“永代供養墓”と言うものが全国に広まりつつあります。
百万塔は無垢浄光大陀羅尼経と言う仏教経典に基ずくものであり、また日本の
歴史上は、勅願により戦乱の犠牲者慰霊のために造られ、祀られたことなどに
鑑み物故者供養に最も相応しいものだと考えられます。
この様な考えから百万塔による永代供養墓の方法についてとりまとめ、2003年来
木地師数名と話し合い百万塔の試作を行い、制作の目途がつきましたので
寺院様へ提案を始めることとしました。
寺院様で永代供養ないし永代供養墓採用をご検討中の向きは、ご一報下されば
幸甚です。
アルコム株式会社
伝統工芸部
喜代志
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